2012年01月

2012年01月26日

飲んだ後の締めはラーメン。

飲んだのはウーロン茶ですけど。


だいとく。

初かつおラーメン。



あっさりして美味かった。



(20:42)
中。




(19:12)

2012年01月25日

坊津学園の進捗です。



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校舎の骨組みができてきました。まだ左側にも校舎がりました。
 
IMGP9420

ちなみに娘は来年小学校入学予定。

新しい校舎で学ぶことになりそうです。



(19:50)

2012年01月24日


日本海軍が建造した史上最大の戦艦大和


前回の坊津やまびこ会のトレッキングで坊ノ岬灯台までをブログで紹介させて頂きましたが


トレッキングの目的の一つに戦艦大和の話がありました。

灯台に到着して、ボーっと水平線を眺めると



代表の鮫島さんが

戦艦大和について話をしてくれました。
IMGP8400



1945年4月7日12時34分、「大和」は鹿児島県坊ノ岬沖90海里(1海里は1,852m)の地点でアメリカ海軍艦上機を50キロ遠方に認め、射撃を開始した。
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8分後、空母「ベニントン」第82爆撃機中隊(11機)のうちSBC ヘルダイバー急降下爆撃機4機が艦尾から急降下する。中型爆弾500kg爆弾8発が投下され、米軍は右舷機銃群、艦橋前方、後部マストへの直撃を主張した。

「大和」は後部指揮所、13号電探、後部副砲の破壊を記録している。後年の海底調査ではその形跡は見られないが、実際には内部が破壊され、砲員生存者は数名だった。前部艦橋も攻撃され、死傷者が出た。また、同時に、後部射撃指揮所(後部艦橋)が破壊された。

12時40分、「ホーネット (CV-12) 」第17雷撃機中隊8機が「大和」を雷撃し、魚雷4本命中を主張した。「軍艦大和戦闘詳報」では12時45分、左舷前部に1本命中である。 戦後の米軍対日技術調査団に対し、森下参謀長、能村副長、清水副砲術長は爆弾4発、宮本砲術参謀は爆弾3発の命中と証言。

「大和」では主要防御区画内への浸水で左舷外側機械室が浸水を起こし、第八罐室が運転不能となっていた。左舷に5度傾斜するも、これは右舷への注水で回復した。

13時、第二波攻撃が始まる。米軍攻撃隊94機中、「大和」に59機が向かった。 射撃指揮所勤務兵も、砲術長が艦長の許可を得ずに発砲したと証言する。

米軍機は攻勢を強めた。 「エセックス」雷撃隊(ホワイト少佐)が「大和」の左右から同時雷撃を行い、9本の魚雷命中を主張。

「バターン」雷撃隊(ハロルド・マッザ少佐)9機は全発射魚雷命中、もしくは4本命中確実を主張。

「バンカーヒル」雷撃隊(チャールス・スワッソン少佐)は13本を発射し、9本命中を主張した。

「キャボット」雷撃隊(ジャック・アンダーソン大尉)は、「大和」の右舷に照準を定めたが、進行方向を間違えていたので、実際には左舷を攻撃した。 魚雷4本の命中を主張し、これで第一波、第二派攻撃が「大和」に命中させた魚雷は29本となった。

13時25分、通信施設が破壊された「大和」は「初霜」に通信代行を発令した。 13時30分、「イントレピッド」、「ヨークタウン」、「ラングレー」攻撃隊105機が大和上空に到着した。
607px-Yamato_at_Sibuyan_Sea

13時42分、「ホーネット」「イントレピッド」第10戦闘爆撃機中隊4機は、1000ポンド爆弾1発命中・2発至近弾、第10急降下爆撃機中隊14機は、雷撃機隊12機と共同して右舷に魚雷2本、左舷に魚雷3本、爆弾27発命中を主張した。 この頃、上空の視界が良くなったという。

14時17分まで、「大和」はアメリカ軍航空隊386機(戦闘機180機・爆撃機75機・雷撃機131機)もしくは367機による波状攻撃を受けた。戦闘機も全機爆弾とロケット弾を装備し、機銃掃射も加わって、「大和」の対空火力を破壊した。

  • 12時45分 左舷前部に魚雷1本命中。
  • 13時37分 左舷中央部に魚雷3本命中、副舵が取舵のまま故障。
  • 13時44分 左舷中部に魚雷2本命中。
  • 13時45分 副舵を中央に固定。応急舵で操舵。
  • 14時00分 艦中央部に中型爆弾3発命中。
  • 14時07分 右舷中央部に魚雷1本命中。
  • 14時12分 左舷中部、後部に魚雷各1本命中。機械右舷機のみで12ノット。傾斜左舷へ6度。
  • 14時17分 左舷中部に魚雷1本命中、傾斜急激に増す。
  • 14時20分 傾斜左舷へ20度、傾斜復旧見込みなし。総員上甲板(総員退去用意)を発令。 

14時20分、「大和」はゆっくりと横転していった。

右舷外側のスクリューは最後まで動いていた。

14時23分、上空の米軍攻撃隊指揮官達は「大和」の完全な転覆を確認する。 「大和」は直後に大爆発を起こし、艦体は2つに分断されて海底に沈んだ。
(wikipedia戦艦大和より出典)

戦争体験のない私にとっては、鮫島さんの話は生々しかったです。

私の祖母の世代などは、水平線を煙をはきながら航行している大和を見ていたようです。

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こんな感じだったのでしょう。

水平線を眺めていると、たまたま海保か海自の船が横切りました。




本当は鮫島さんの話を動画で撮影していたのですが、間違って消去してしまいましたので、wikipediaより抜粋させていただきました。



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(14:36)

2012年01月23日

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沖秋目島(ビロー島)です。


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(19:19)