2011年08月29日

唐人町の入口あたりが交易場跡であるという。博多浦は中国や琉球との交易が盛んであり、常に交易船が出入りしていたことだろう。そして運ばれた荷物は一旦ここに降ろされて市がたち、ここからさらに鹿児島や関西方面へ取引されて行ったものと想像される。
 港向かい側には昔船を繋いだという跡があり、浦の西のえごんたんは造船所のあった跡だともいうが、地形からして船の避難場所でもあったのだろう。また堤防が築かれ道路は石畳であったし、その堤防沿いの道路には「日時計」昭和26年のルース台風の時壊されてしまった。この堤防を修築中同27年、その基礎部から青銅の観音像と古銭、石碑ができた。
 今その像は歴史民俗資料館に保存されている。古銭は工事の人が、石碑は砕いて埋めたという。

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(11:23)

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