トレッキング

2017年03月16日

坊津やまびこ会のトレッキング。

久しぶりの参加です。

今回は弁財天。

坊には7つの弁財天があるみたいで、地図をいただきました。

今回は7箇所全て回ります。

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残念ながら当日は、雨。

30名ほどの方々が参加
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傘を差しながら、弁財天のお話を聞きます。
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最初の弁財天は一乗院の上、白山弁財天へ。
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入り口には、立派な看板が立てられていますのでわかりやすいと思います。DSC_0755
つづく

(13:47)

2014年05月28日

第27回わがまちのガイドさんとあるく   
テーマは坊津の夏はやはり海!!「坊津のリアス式海岸を船で巡る」
== 本土最西南端の地をめぐる==



集合場所
坊津町歴史資料センター「輝津館前」 AM9:00

定員
15名  

締め切り日
7月20日 PM6:00
 
申込み先
観光案内所 電話0993-67-1310(FAX共)
 
鮫島 昭一 電話090-6775-1966 FAX0993-67-1088
参加料   1,000円 
コース
坊津歴史資料館前--車移動 泊漁港--丸木木浜--棒ノ岬灯台ーー高立神--双剣石--網代浜--坊ノ浦--泊漁港--案内所(試食のおもてなし)
 
その他
観光案内所で特産品の販売

今回も坊津と云えば「海」!中世から近世にかけての海外交易、密貿易。その後も遠洋かつお漁業の基地でもあった坊津、県内唯一のリアス式海岸は東シナ海の荒波にもまれ多様な地形を生み出し奇石、奇岩が折りなっています。また本土最西南端には白亜の坊ノ岬灯台が航行する船舶を見守っています。この沖で、昭和20年4月7日戦艦大和の艦隊は沖縄へ最後の戦いに向かう途中、アメリカ軍の攻撃(坊ノ岬沖海戦)を受け3,000名以上の戦没者、この沖合い230kmの地点に眠っています。平和なこの海を皆で味わいリアス式海岸を俯瞰できる「坊ノ岬灯台」を巡る企画です。日本の原風景と言われる坊津を散策しましょう。 きっと、坊津の文化や生活、風物を再発見することでしょう。

定員は15名 先着順   荒天、天候不良時は中止、又は延期



船に乗っての坊津散策。

私はなかなか舟に乗る機会がないので、ぜひ参加したです。 

今回は定員が少ないので、申込はお早めに。 

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(18:47)

2014年03月01日

明日開催予定だった坊津やまびこ会のウォーキングが、雨のため延期となりました。





「戦艦大和70周年坊ノ岬灯台をさるっど」
本土最西南端坊ノ岬灯台をウォーキングの延期について


3月2日(日)に実施することになっていましたが、予報では天気が
が雨になりましたので、申し訳ありませんが延期させていただきます。

期日
3月9日 (日) 

集合場所
歴史資料センター輝津館前 9:00

行動時間
9:00〜12:00頃

昼食
ふるまい鍋(漁師なべ) ハガツオの刺身

解散
13:00頃

参加料
1,000円(子供500円、幼児以下は無料)


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※ 参加できる方は下記にご連絡ください。

電話 090-6775-1966 , 0993-67-1049 鮫島まで

FAX 0993-67-1088 , 0993-67-1310

 メール sna42064@nifty.com








 来週の日曜日です。


(13:45)

2013年07月16日

第22回わが町ガイドさんと歩く 坊津の歴史と海、風を感じてあるこう 「海の開拓者、原 耕、捨志兄弟の跡をさるっど」┐弔鼎

高架下からスタートです。

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だいぶ風景も変わったんじゃないでしょうか?
高架を車が走ると結構な音がします。
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高架下にある小さな石塔
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井川があります。
鍛冶屋川井川
井川とは湧き出る水をせき止めた井堰(いぜき)を指す。泊川を川下から百メートルほど遡った流域にこんこんと途絶えることを知らないほど湧き出る井川。
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本珠院地区から泊浜の方へ

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つづく








 

(21:14)

2013年07月03日

第22回わが町ガイドさんと歩く 坊津の歴史と海、風を感じてあるこう 「海の開拓者、原 耕、捨志兄弟の跡をさるっど」Δ弔鼎

鍛冶屋川から
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攝光寺です。ここに幼稚園があったのかな?
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水道事務所前にある磨崖仏遺跡。
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海印寺磨崖文字
由来ははっきりしないが、土地の昔からの言い伝えでは、船の「とも」(船の後部)から掘ったものと伝えられる。磨崖文字からして海印寺の住職が、生きている時に、自分の冥福を祈るために掘ったものと思われます。
また、文字の他に地蔵の彫刻や祠なども海印寺橋を挟んだ両側にあります。なお、海印寺は、伊集院広済寺の末寺で臨済宗であったと伝えられます。
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水道事務所の小筋を山の方へ。
初めて通る道。
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100mほど中に入ると階段が。。。
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立派な石畳も。。。
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石段を30段ほど登ったでしょうか?
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撮影し忘れましたが、そこには取り壊された家の残骸がありました。IMGP3613



その先には


大きな地図で見る
つづく 

(19:42)